鉄瓶。目的は達成しなかったのに、なぜか買い足そうとしている

健康診断の結果を見て、少し焦ったことがあります。
ヘモグロビンの数値が良くなかったんです。貧血気味、と言われても正直あまり自覚はなくて。でも数値は正直なもので、「何かしなきゃ」という気持ちだけはありました。
病院には行くのですが、自分でも鉄分をとる方法がないかと考えて思いついたのが、鉄瓶でした。
鉄瓶のある生活、はじめました
「鉄瓶で沸かしたお湯を飲むと鉄分が摂れるらしい」くらいの軽い気持ちで、鉄瓶を使いはじめました。サプリより続けられそうとも思いました。

使い方はシンプルで、朝はまず鉄瓶で白湯を沸かして飲む。日中も沸かしたお湯をボトルに入れて飲みます。
お茶やコーヒーを淹れるときも鉄瓶のお湯を使う、という感じです。
コーヒーと鉄は相性が悪いという話もあるようですが、以前のヤカンは棚の奥にしまってしまったので、ここはヤカン代わりに使っています。
使い始めた頃は、たしかに口の中に鉄っぽさを感じていました。今はもう慣れてしまって気にならないですが、水自体は普通に沸かすよりもまろやかな感じがします。
1年後の健康診断、結果は

1年後の健康診断はどうだったかというと、結果はほぼ変わらずでした。
「もしかしたら、使っていなかったらもっと下がっていたかも」という可能性はゼロではないですし、健康診断のタイミングや体調にもよるとは思います。ただ正直に言えば、目的は達成していない。そういう結果でした。
じゃあ、鉄瓶を使うのをやめるか

普通に考えたら、やめますよね。
効果が見えない。しかも今使っている鉄瓶は、ヤカンより不便なんです。サイズが小さいので何度も沸かし直す必要があるし、取っ手が熱くなる。「ちょっと試しに」と思って小さめのものを買ったら、気づけばほぼヤカン代わりに使っていて、地味に不便さを感じていました。
しかも、錆びやすいので、使ったらすぐ乾かす必要があります。
水を入れっぱなしにすると、すぐ錆びます。
目的は達成していない。使い勝手も良くない。やめる理由は揃いました。
それでも、鉄瓶を使うのをやめていない

でも、鉄瓶を使うのをやめていないんです。
むしろ、なんか気に入っています。それどころか、「もう少し大きいサイズが欲しいな」とさえ思っている。自分でも少し不思議です。
コーヒーやお茶を淹れたときに味がまろやかになるのは、たしかに嬉しい。ただ、それだけが理由かと聞かれると、そうでもない気がする。じゃあなんで、と言われると、うまく説明できない。
なぜ続いているのか、少し考えてみた
最初は「鉄分を摂るために使う」という明確な目的がありました。
でも1年経って、数値が変わらなかったとき、この鉄瓶は「失敗」に近い。なのにやめなかった。
なんでだろう、とぼんやり考えてみると、たぶん、使う理由がいつの間にか変わっていたんだと思います。

朝、鉄瓶でお湯を沸かす。ボトルに移す。コーヒーを淹れる。その一連の動作が、気づいたら「やること」じゃなくて「当たり前の流れ」になっていた。意識して使っているというより、使わない理由がない状態になっていた、という感じです。
「効果のために続ける」から、「やめる理由がないから続く」へ。その変化に、自分でも気づいていなかった。
これって、目的があって始めたものが習慣に変わる瞬間なのかもしれないですが、面白いのはその入れ替わりに全然気づかないことだと思っていて。気づいたときにはもう、鉄瓶が生活の一部になっていた。
効いているかは、今もわかりません。でも、効いていないからといってやめる理由にもならなかった。目的は達成していないのに、手放す気にもならない。なんかこう、理由より先に馴染みが来てしまった、という感覚です。
「正しさ」じゃなくて、「馴染んだもの」が残る

役に立つから使うものもある。効果があるから続けるものもある。それはそれで正しい。
でも、それだけじゃないものも、たぶんあります。
うまく説明できないけど手元に残るもの。目的はなくなったけどやめない習慣。そういうものが生活の中にひとつくらいあっても、悪くないんじゃないかと思うようになりました。
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